ニューヨークで活躍するトランペッター大野俊三さん。
マスターとは県立岐阜商業高校時代からの盟友です。

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大野俊三 meets Friends at BAGU

マスター「わが友俊三」を語る
県立岐阜商業高校では、1、3年で同クラス。僕は運動部にいたんだけど大会が終わった後の3年の秋に 「ドラムをやらんか」って俊三に誘われたんだ。面白そうだから、親に借金してドラムセットを買い、 俊三たちとトリオを結成。トランペット、ベース、ドラムの変わった編成だった。 俊三のわが道を行く頑固さは半端じゃない。でも、純粋なやつでね。 高三の頃は学校には午後しか顔をみせず、いない時は長良川なんかでトランペットの練習に明け暮れていた。 ジャズに没頭しすぎて、父親とは冷戦状態だったから、うちによく泊まりにきていたよ。 僕は26歳で脱サラしてプロになったんだけど、今あるのは俊三のお陰。 ジャズに誘ってくれたし、ドラムの師となるジョージ大塚さんにも引き合わせてくれた。 違うのは俊三は世界に飛び立ち、僕は岐阜にとどまったことかな。次々にハンディを負う俊三の壮絶な 人生には頭が下がります。でも、音楽の純度はかえって高まっているし、パワーも全く落ちていない。 きさくで物おじしない人柄も相変わらず。代表曲「バブルス」は実に優しくメロディアスで、ここにこそ 彼の本質がある気がするんだ。ジャズ界の大御所たちが彼をメンバーに引き入れたのも、そのセンスと スピリットを買ったからだと思うよ。

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