止まらない汽車・・・ムレさん

岡安芳明+中牟礼貞則
岡安芳明(g) 中牟礼貞則(g) 北川弘幸(b) 猿渡泰幸(ds)

台風接近中
この日、台風10号がこの地方に接近しつつあった。仕事を終えて表に出てみると、雨はそれほででもなかったが風がかなり強い状態。 しかも湿気を含んだ不快な風である。真夏の台風、これも異常気象の一環か。もちろんこんな日は、まっすぐに家路に就くのが常道。 わざわざライブを見に行こうなんて輩の気が知れない(笑)。よほどのファンか関係者、或いはどうしても家にいられない特殊な理由がある人か・・・。 ヘタをすると僕1人なんて可能性もなきにしもあらず。
お買い得物件「上社駅徒歩10秒」
「サテンドール」は初めてだったが、地下鉄上社駅から徒歩10秒という近距離で、降りる駅を間違えない限り迷うことは絶対無いであろう好立地。 こんな天候の日は非常に助かる。店内には既に心地よい弦の音が鳴り響いており、お客様もチラホラ。 ハハハッ、雨にも風にも負けない「好事家」はちゃんといるものだ。ステージと客席を仕切るのは大きなテーブル1つ。 真正面に中牟礼さんが立って、その真後ろで北さんがベースを構える。ステージ左端に岡安さんが座り、右端には猿渡さん。 完全に中牟礼さんを「立てる」陣形である。到着時は1−4の終わりがけ。 キンキンに冷えた生ビールをゆっくり味わう間もなく1セット目が終了した。
T氏のお仕事
岡安さんの目の前では、ギターアンプ製作者である高井氏がその「音」に熱心に耳を傾けていた。 この人も岡安ライブには欠かせないフリークのお一人。岡安ワールドをハード面で支える重要人物である。 因みに1セット目前半のセットリストは高井さんから提供を受けたもの。高井さんは本業は別に持っていて、 アンプ製作はあくまで趣味と実益を兼ねた「副業」という位置づけらしい。 とはいってもその仕事ぶりはいわゆる「業界」では非常に高く評価されている「アンプの達人」なのだ。
外は嵐、内は・・・楽し
外の嵐とは裏腹に、非常にリラックスした雰囲気でライブは進んでいった。 例によって譜面は一切無し。その場で即興的に演目が決まってゆく。中牟礼さん、岡安さんが順番にリードを取っている感じか。 中牟礼さんがニコニコしながら

  「じゃ今度は北川さんから出てよ」

なんて振ると、やはり北川さんもニコニコしながら、

  「いやいや、僕なんかいいから中牟礼さんから出てくださいよ」

お互いしばらく見つめあってやがて中牟礼さんの味わいのある静かなギターでイントロが始まる。 猿渡さんも、岡安さんも耳を研ぎ澄まして、入るタイミングを模索。ちょっとだけ緊張が走る。 終始こんなムードで、僕もステージにつられてついつい笑みが漏れてしまう。 明らかに「中牟礼貞則」という一本の巨木を中心に据えることによって生まれるいいムード。 岡安芳明トリオとも違う、あるいは岡安・北川デュオとも違うその雰囲気。 ちょうど1年前にこのバンドを初めて聴いた時の感動が蘇ってきた。 台風をおして岐阜から来た甲斐があったというもの。

1st set
1.all the things you are
2.the day of wine and roses
3.body and soul
4.samba do orfeu
5.autumn leaves
中牟礼さん&猿渡さん
小さな音はお手の物!
北川さん&中牟礼さん
北川さん、楽しそうです!
2rd set
1.there is no greater love
2.old folks
3.take the 'A' train
4.fly me to the moon
5.alone together
6.now's the time

昨夏の忘れ物
僕が中牟礼さんの存在を知ったのはかれこれ20年前のこと。 『銀巴里セッション』というレコードを聴いたのがきっかけだった。 このレコードは、あの内田先生が趣味でライブ録音していたものをレコードに落としたもので、 録音は1963年。僕は録音から約20年後にこの「音」に出会い、そのまた20年後に中牟礼さんご本人に出会った。 しかし昨夏はCD化された『銀巴里セッション』を家に忘れてしまいサインを貰うことはできなかったというわけ。 今年はしっかりCDを携えてめでたくサインをゲット!
語り部、中牟礼さん
中牟礼さんにCDを見せると、思い切り表情を緩め、ジャケットのなかのある写真を指差して、

  「これが僕だよ。この時は29歳だったんだよなー」

と言ってその写真の真横にサインをしてくれた。それをきっかけに当時の話を色々伺うことに。もう出るは出るは 話は尽きないといった感じのムレさん。当時、ジャズなんかで食べていけたのはダンスバンドの連中と、既に別格だった「ビッグ4」くらいで あとはみんな貧乏だったけど、情熱だけで演奏していたという。 店側も儲けようなんて気持ちは無く、単に演奏の場所を提供していただけとうスタンスだったらしい。

 「そんな僕らの演奏をテープに録ってたんだから、内田先生もきっと変わりものだったんだねー」

と笑うムレさんの目は限りなくやさしい。日本のモダンジャズの黎明期から今日までの全てを見てきた目だ。 ただ、ムレさんには「その昔」を懐かしがる気持ちは毛頭無い。

  「一旦、演奏をやめていたら、きっと懐かしいなんて感情が湧きあがってくるんだろうね」
  「僕はね、ずーっと続けてるから懐かしいなんてこれっぽっちも思わない。途切れてないから。」
生涯現役
身も心も未だ現役バリバリのムレさんに実際接してみると「まだまだ若い者には負けないぞ!」などどいう気負いはまったくなかった。 ムレさんそのものが「若い」からである。先の言葉からもわかるように、その情熱は銀巴里で食うや食わずで演奏していた頃と何ら変わりなく連綿と続いている。 岡安さんが憧れるこの巨匠は、同楽器の大先輩であると同時に、肩を並べて日本のジャズシーンを切り開いてゆく良き仲間でもあるのだ。 決して止まることの無い汽車。おそらく生涯現役であり続けるであろうムレさんは、この日もまわりの息子たちのようなジャズメンに改めて 「ジャズって面白い」と思わせるほどの影響力を発揮していた。

高井さん&岡安さん
バンマスを見守るアンプ製作者T氏
北川さん&中牟礼さん
皆さん、超リラックス!

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